書店の講談社文芸文庫の棚で色川武大『狂人日記』(それにしても「狂人」すら変換させてくれないATOKの風紀委員っぷりはなんなのだろう)を見つけ、懐かしさにかられて購入した。前にこの小説を読んだのは二十二歳のゴールデン・ウィークだった。遠距離恋愛していた当時の恋人(無職)に会うため、東京に行った。どこでどう遊ぶか決めていなかったのだが、知らない駅で降りてみようと彼が提案した。「名前がいいし、たぶん公園がある!」と言われ、京王線の芦花公園駅で降りた。

 確かに駅のすぐ近くに公園はあった。私たちはそのなかを歩いた。まだ五月だというのに陽炎が見えるぐらい暑く、植物は凶暴さを感じさせるほど青々と茂っていて、肌寒い北の大地からやってきた私はすぐにしんどくなった。公園を抜けたところに図書館があったので、逃げ込むようにそこに入った。

 館内では寺山修司展かなにかをやっていて少し興味をそそられたのだが、彼が険しい顔で「有料だ!」と言ったので諦め、カーペット敷きのフロアで本を読むことにした。私は本棚から『狂人日記』の文庫を引き抜き、体育座りで読みはじめた。私の読んでいる本の表紙を確認した彼は、「『麻雀放浪記』のひとの別ペンネームで、ナルコレプシーだから麻雀打ちながらころっと寝ちゃうんだよ」と教えてくれた。そのときはじめて阿佐田哲也と色川武大が同一人物であることを知った。

 最後の一行まで読み終わってから図書館を出た。暑さはましになっているものの陽射しはあいかわらず強く健全で、さっきまで浸っていた小説とのギャップにくらくらした。そのあとどこへ行ったかは憶えていない。たぶん格安居酒屋で食事をして、一泊3000円ちょっとのレンタルルームに泊まったのだろう。彼とはそのうち音信不通になった。芦花公園駅もそれきりおとずれていない。

「2002年日韓ワールドカップまであと○○○日」と表示された電光掲示板を見た彼が、「2002年っていったらおれはもう三十歳か! まだ無職だったら死ぬしかないな!」と笑って言っていたことを思い出す。あれからFIFAワールドカップは2002年を含め三回おこなわれて、今年もブラジルで開催されるらしい。無職だろうが有職だろうが、彼がいまも生きていたらすごくいいな、と思う。