「何歳のころに戻りたい?」と訊ねられてもうまく答えられそうにないが、「じゃあ戻りたくないのは何歳のとき?」だったらいくつか候補を上げられる。そのひとつは反抗期だった中学生のころだろう。反抗期まっさかりの私は、腹を空かせた獣のように毎日わけもなく苛々し、家庭内でヒステリックに怒鳴り散らしていた(家以外ではだいたい床を見て薄ら笑いを浮かべていた)。とくに週末に親と出かけなければいけない際に、苛々は最高潮に達した。文句を言いながらだらだらと準備をし、予定よりもずっと遅れて出発しても反発心はおさまらない。車という狭い空間に閉じこめられるのが苦痛だし、そのなかで家族とからだの一部が接触してしまうのが不快だった。

 そのころ私は劇団四季版の『オペラ座の怪人』に心酔していた。浅利慶太訳の歌詞をすべて暗記していたほどに。車内のぴりぴりした空気に耐えかねて「なにか音楽でもかけようか」と言った親に私が無言で差し出したのは、もちろん『オペラ座の怪人』のCD。

「ジャーンッ! ジャジャジャジャジャーーンッ!!!」
 車内に鳴り響く、あまりにも有名なおどろおどろしい旋律。アンドリュー・ロイド=ウェバー卿のやたら派手でドラマティックな音楽に狭い空間は満たされる。「もっと音を大きく!」私の命令でボリュームはどんどん上げられ、ほとんど爆音ライブ状態に。家族五人を乗せてお墓参りに向かう車は19世紀のパリの豪華絢爛なオペラ座と化した。悲劇的で情熱的なラブストーリーが劇団四季流のやけにはきはきした発声で繰り広げられるなかで、私ひとりだけがご満悦なのだった。

 そんなことを、先日電車で劇団四季の『オペラ座の怪人』の中吊り広告を見て思い出したのでした。いまは料理中に声をかけられたときのみ、当時のヒステリックな状態に戻ることがあります。なんででしょうね。包丁と火が攻撃性を引き出すんですかね。