ソチ五輪が閉幕した。私の記憶に残っているいちばん古いオリンピックは1988年のソウル五輪だと認識していたが、「いや、もっとむかしに冬季オリンピックのフィギュアスケートをテレビで見たことがある」と今回のフィギュアを眺めながら思い出した。確か、幼稚園か小学校低学年のころだ。女子スケーターのひらひらきらきらな衣装にうっとりと憧れる女児は多いだろうけれど、当時の私には過剰にセクシャルな格好に見えてどうにも気恥ずかしく、ほんの数秒で見るのを断念した。生命を削り重圧と闘ってリンクに立っている選手をそんな目で見るのはとても失礼だが、ほんの子どもだったころの話なのでどうか怒らないでほしい。

 セクシャルに見えて苦手だったのはフィギュアスケートだけではない。『人魚姫』の絵本も目のやりばに困ってしまうので駄目だった。たいていの人魚姫は、ホタテのような貝殻でできたブラを上半身に身につけている。いまだったら「武田久美子かよ! もしくは来日してしゃぶしゃぶを食すレディー・ガガかよ!」と突っ込みたくなるけれど、当時は卑猥に見えた。
 貝殻ブラならまだいい。友だちが持っている絵本の人魚姫はトップレスだった。胸の膨らみを描いてあるだけならまだしも、ごていねいに乳輪および乳頭に着色まで施されていた。人魚姫は十五歳設定なので、いまだったら下手すると有害図書扱いされる可能性もあるのではないか。しかも、人魚姫と姉妹たちの乳輪および乳頭はそれぞれ微妙に異なる色に塗られていたと記憶している。「子ども向けの絵本にこんないやらしい絵を載せるなんて、大人ってなんて歪んでるんだろう……」と恐怖し絶望していた。

『魔女っ子メグちゃん』も『うる星やつら』も『美少女戦士セーラームーン』も、私にとっては直視できないエロティックアニメだった(それぞれの放送年がばらばらなのは再放送で見ているものもあるからです)。『ドラえもん』だってしずかちゃんの入浴シーンがあるから油断できない。最も性的なにおいのしない露出であろう『サザエさん』におけるわかめちゃんのパンツですら、子ども時代の私にはいかがわしい絵に見えた。

 性に対する感受性の強さをこじらせた結果、私は現在エロい小説などを書いて暮らしている。