美容室に行くのが苦手だ。髪のまとまりが悪くなって「そろそろ美容室に行かなきゃ」と思いはじめてから実際に行くまで、一か月ぐらい経ってしまう。もしも美容師さんと結婚していたら自宅の居間でビールを飲みテレビを眺めながら切ってもらえたのに……と思うが、どうシミュレーションしても「美容師と結婚する自分」を想像することができない。まだ「ひよこのオスメス鑑定士と結婚する自分」「鬼師(鬼瓦をつくる職業)と結婚する自分」のほうが想像できそうだ。

 ずっと同じ姿勢で疲れることと、会話で消耗することが、美容室を億劫に感じる理由だろう。「今日はどこか行くんですか?」「最近服買いました?」「仕事はどうですか?」といったおきまりの質問をされても、私はうまく会話を転がせない。あいまいなフリーランスのため、仕事について訊ねられると言葉を濁すか微妙な嘘をついてしまうので、なるべくそっち方面には触れてほしくない。以前はわざわざ混んでいる土日に行き、勤め人のふりをしていた。

 べつに美容師さんは客の個人情報を引き出してそれを闇に流してマフィアから報酬を得ているわけではなく、会話の糸口がないから自分語りをさせようと仕向けているだけだ。ならば「ビットコインのマウントゴックス社の外国人CEOによる会見、インパクトありましたよね!」「ゴーストライター騒動の佐村河内氏の痛んだ長髪、トリートメントしたい!」とか話してくれたらそこそこ乗ることができるのにと思うが、美容師さんは休日が少なく毎日慌ただしいので、その手の重要性の乏しいニュースをかき集めている余裕はないだろう。

 文庫本を持ち込むひともいるらしいけれど、「その本、どういう話なんですか?」と訊ねられる確率が高そうだ。ポイントを押さえてあらすじを伝えるのはわりと技術を必要とするし、私は口頭で説明することが全般的に不得手である。その点、ルポルタージュなら「○○事件の話です」などと簡潔に答えられるのでいいかもしれない。だが、事件の説明を求められたら、「えっと、監禁された家族がお互いに殺しあって……」などと言って場の空気を重くしてしまう。それに毎回陰惨な殺人事件の本ばかり読んでいると、「あぶないひと」のレッテルを貼られ、ただでさえ微妙な空気がさらに気まずくなるのではないか。

「美容師は服装からファッションの傾向を読み取って髪型を考えるので、お気に入りの服を着て行くべき」と世間ではよく言われるため、買い忘れたサラダ油を購入しにコンビニへ出かけるときのような格好では行けない。数時間巨大な鏡に対面させられるので、メイクもそれなりにする。だが、切った髪やカラー液やパーマ液にまみれる行為は、民俗学でいうところの「ハレ」「ケ」「ケガレ」だと「ケガレ」にあたる気がする。明るく小洒落たガラス張りの店内よりも、あなぐらのような雑居ビルの地下のほうがふさわしいのかもしれない。

 つまり、まとめると私が求める美容室はあなぐらのような雑居ビルの地下にあって、客がみんな陰惨な殺人事件の本を読んでいて美容師がそれを普通の光景だと受けとめている店、ということになるけれど、それじゃとても行きたいとは思えないし瞬時に潰れる。