※びろうな話です。

「これを健診センターに持って行ってくれる?」
 ある朝、夫に封筒を渡された。中身は大腸がんの再検査のために採取した物体である。便秘ぎみの夫が血の滲むような努力をして(実際に血が滲んでいたら要精密検査なのだが)得た、希少な宝石のごときBEN。それをしかるべき機関に運ぶという重大なミッションを仰せつかったのだ。

 普段ひとの役に立つことをほとんどしていない私は、BENトランスポーターとしての初任務にはりきった。だが、そのはりきりは長く続かない。仕事をしたり仕事でないことにうつつを抜かしたりしているうちに午前の時間が過ぎ、午後になり、陽も陰ってきた。まだ間に合うだろう、まだ間に合うだろうと先送りにしているうちに本格的にまずい時刻になり、しぶしぶ家を出た。

 電車か自転車か迷ったが、自転車で行くことにした。自転車に乗るのは今年はじめてだった。ひと冬を越した自転車は埃をかぶって汚れていたので、いったん部屋に戻りウェットティッシュを取ってきて拭き清めた。ようやく出発だ。春の風を感じて軽やかに自転車を漕ぐつもりだったのに、雪融け直後の空気は埃っぽく、口内がじゃりじゃりになっていく。馬車や馬ぞりが道路を通行していた時代には、冬のあいだに堆積して乾燥した馬糞が雪融けとともに舞い上がる「馬糞風」がこの時期の名物だったらしい。それに比べたらいまはずっとマシだと自分を鼓舞した。

 健診センターに着いたのは午後5時5分。厭な予感に襲われつつビルに入り、階段を登る。予感は的中し、健診センターのフロアはすでに営業を終えて閉鎖されていた。私は自転車のかごにBENを載せて、来た道を引き返した。その日は金曜日で、土日は健診センターが休みなので、希少なBENは提出のタイムリミットを迎えて無駄になってしまう。こんな子どものおつかいのようなことすらちゃんとできないなんて、情けなくて泣きそうになった。4月とはいえ歩道の端にはあちこち雪が残っていて、つめたい風が肌を刺す。手は老婆のようにしなしなに干からび、皮膚が切れて血が滲んだ。数日経ったいまも私の手はがさがさに荒れて老婆のままであり、無駄にされたBENの呪いなのかもしれないと思っている。

 余談だが、子どものころ飼っていた犬(正確には同じ敷地内に住む祖父母が飼っていた犬なのだが)はベンジャミンという英米人か観葉植物みたいな名前で、愛称はベンだった。犬の名前を問われてベンだと答えると、からかわれることが多くてつらかった。ベンを家に入れると、一目散に猫のトイレへ飛んでいって猫のBENを食べた。猫は呆然としてそのようすを見ていた。