「何歳のころに戻りたい?」と訊ねられてもうまく答えられそうにないが、「じゃあ戻りたくないのは何歳のとき?」だったらいくつか候補を上げられる。そのひとつは反抗期だった中学生のころだろう。反抗期まっさかりの私は、腹を空かせた獣のように毎日わけもなく苛々し、家庭内でヒステリックに怒鳴り散らしていた(家以外ではだいたい床を見て薄ら笑いを浮かべていた)。とくに週末に親と出かけなければいけない際に、苛々は最高潮に達した。文句を言いながらだらだらと準備をし、予定よりもずっと遅れて出発しても反発心はおさまらない。車という狭い空間に閉じこめられるのが苦痛だし、そのなかで家族とからだの一部が接触してしまうのが不快だった。

 そのころ私は劇団四季版の『オペラ座の怪人』に心酔していた。浅利慶太訳の歌詞をすべて暗記していたほどに。車内のぴりぴりした空気に耐えかねて「なにか音楽でもかけようか」と言った親に私が無言で差し出したのは、もちろん『オペラ座の怪人』のCD。

「ジャーンッ! ジャジャジャジャジャーーンッ!!!」
 車内に鳴り響く、あまりにも有名なおどろおどろしい旋律。アンドリュー・ロイド=ウェバー卿のやたら派手でドラマティックな音楽に狭い空間は満たされる。「もっと音を大きく!」私の命令でボリュームはどんどん上げられ、ほとんど爆音ライブ状態に。家族五人を乗せてお墓参りに向かう車は19世紀のパリの豪華絢爛なオペラ座と化した。悲劇的で情熱的なラブストーリーが劇団四季流のやけにはきはきした発声で繰り広げられるなかで、私ひとりだけがご満悦なのだった。

 そんなことを、先日電車で劇団四季の『オペラ座の怪人』の中吊り広告を見て思い出したのでした。いまは料理中に声をかけられたときのみ、当時のヒステリックな状態に戻ることがあります。なんででしょうね。包丁と火が攻撃性を引き出すんですかね。

中学イタズラ物語 表紙
 先日紹介した秋元文庫ファニーシリーズの、ほかの本を入手した。タイトルは『中学イタズラ物語』。見よ、このカバーイラストのなんともいえない味わい! 発行は昭和51年。昭和51年というと、少女マンガでは『ポーの一族』が完結した年であり、『風と木の詩』が連載開始した年だ。発行当時にはすでに、このイラストのセンスはそうとう古かったのは……? と失礼ながら思う。

 内容は短篇集で、どれも東西中学という名の学校に通うイタズラ好きの男子二人組が主人公になっている。『美味しんぼ』の東西新聞社の元ネタがここに!(たぶん違う)
 この小説のいちばんの特徴は、なんといってもダジャレの多さ。冒頭からこんなやりとりが出てくる。

「(略)おれたちが、いまやろうとしているのは、いたずらではなくて、高倉健、いやちがった、冒険だ」
「これが冒険かなァ――」
 目黒は信じられない顔つきである。
「目黒、なんだい、そのギワクのメザシ、ちがったマナザシは――未知に対する挑戦はすべて冒険なんだ」

 こんなのは序の口で、読んでいてどっと疲労を感じるほどダジャレはしつこく登場する。

「だって、はっきりいうけど、おふたりともあたしの趣味じゃないんですもの」
「なあに、シミーズ?」
「南、なんだ? このいたずらを中止するとでもいうのか」
「ばか、中止もビタミンシーもない。途中でやめるくらいだったら、おれは最初からやらない」

 さらに、当時はかなりおおらかな時代だったわけで、いまだったら編集者や校閲から注意が入るような表現もユーモアとして出てくる。

「わたし、お茶は色が黒くなるからのみません」
「するとインド人はお茶ののみすぎかなァ。でもインド人だから、カレーのたべすぎで黄色になるのがほんとうかもしれないなあ」

 ひゃー差別的! ちなみにこれ、新米の女性教師と校長先生との会話である。ほかにはタブーに触れるようなきわどいネタも。

「梶、それならまかしておけ、うちのママはひとにすすめるのは天下一品だ。うちのまわりはママにすすめられて、みんな十日学会にはいっている」

 この十日学会とは、某宗教団体をもじっているのでしょうね……。いまだったら怖くてうかつにこういうことは書けない。この本のなかで唯一、21世紀でも切れ味を感じさせるギャグだ。

中学イタズラ物語 中面
 なかに出てくる挿絵。「このキャラクターは、もしや?」とお思いになったあなた、正解です。この挿絵に対応している文章は以下の通り。

「へェー、お化けの入院か――そのお化けが交通事故にあったときは<キュー>と叫んだんじゃないかなァ」
「えッ――」
「つまり、オバキュー」

 ダジャレはどうでもいいんですけど、あのう、他人のキャラを勝手に描いていいんでしょうか……?

中学イタズラ物語 裏表紙
 裏。「君もイタズラのライセンスがとりたかったら、この本を読んで勉強して下さい」とのことです。定価は240円だが、古本を500円で購入。

「パピコって名前にするつもりだった」
 十代のある日、母にそう告白された。 「そうか、パピコという名を背負って生きていく、そんな過酷な人生を送る可能性が私にはあったのか……!」と仰天したが、話を詳しく聞いてみると、母のおなかにいるときの胎児ネームがパピコだったらしい。

 グリコから出ているラクトアイスのパピコは、二本がくっついた状態で売られている。それをパキンと割って食べる。子どものころ私はいつも妹と分けあっていた。だが、母の告白を聞いたあとでは、二本のパピコを繋いでいる部分を臍の緒みたいに感じるようになってしまった(すると、潰れた球体が二個セットになっている雪見だいふくは卵巣みたいに思えてくる)。

 二本でひとつのパピコは、パピコと呼びかけられる胎児だった私&そのころの母のセットであると同時に、現在の私&違う名前をもらってべつの人生を歩んでいる私のセットである。パラレルワールドの私は、せめてパピコというトンチキな名前に漢字を当ててごまかそうと考え、「羽陽子」と「把妃子」と「波氷子」のどれが良いか迷ったりしているのだろう。意味を考えると「ピ」には「氷」を当てたいところだけど、パピコはラクトアイスであって氷菓ではないんだよ、とこっちの世界の私はアドバイスしたい。