中学生のころ、仲の良い子ふたりが揃って担任教師に恋をした。ふたりは秘密の交換日記をはじめ、三人グループなのに私ひとりあぶれることとなってしまった。きゃっきゃ言いながらノートをやりとりするふたりに、「○○ちゃん(私のこと)は見ちゃ駄目だからね!」と言われたときの疎外感と徒労感をいまも憶えている。いま、その先生のことを思い出そうとしても、サイズが大きすぎる緑系の色の背広しか浮かんでこない。ふたりにはあの背広も王子さまのコスチュームに見えていたのだろうか。背広の色だけでなく、全体的にバッタっぽかった気がする。

 私は当時、バスケ部かなにか運動系の部活に属するクラスメイトの男の子に、ほのかな想いを寄せていた。しかし、あるとき彼が髪型を変えたら魅力を感じなくなり、さらに顔が大きいことも気になりはじめて一気に気持ちが冷めてしまった。中学生の恋心なんてそんなものだ。その彼は漢字一文字のちょっと格好いい名字だったため、本人が好きというよりは、名字が好きだったのかもしれない。中学生にとって「好き→将来結婚するかもしれない!」なので、名字が間抜けだとそれだけで駄目なのだ。いまでも小説などを読んでいて同じ名字の人物が出てくると、どきっとする。やっぱり名字が好きだっただけみたいだ。ライトノベルによく登場するらしい小鳥遊(たかなし)くんという名の子がクラスにいたら、好きになったに違いない。

 それから歳月が流れ、私は東京(だと思っていたが一、二年のキャンパスは埼玉の茶畑のまんなかだった)の女子大に進学した。それまではずっと共学育ちだった。一年のころ、中国文学の講義を受けていると、となりに座っているグループのひとりがお喋りをはじめた。するとそのグループのほかの子が、「先生の声が聞こえないから静かにしてよ! 私、この先生好きなんだから!」と注意するではないか。私はすごくびっくりした。その先生のことを好きな子は、ほかにも複数人いた。どの子も付属の女子校上がりだったり、地方の女子校出身者だった。「先生に憧れる」という風習は、女子校育ちだと大学生になっても残っているのだ。合コンに参加し他大学の男の子とつきあうことと、先生に憧れる(あくまで憧れなのでモーションをかけたりはしない)ことが同時進行でおこなわれる世界。

 この先生は三十代後半ぐらいの、わりとすらっとしているけれどとくに格好いいわけでもない男性だった。話が面白くて人気があるといったわけでもなかった。その先生のことや授業内容を思い出そうとしても、「中国の博物館は日本人だと高い料金を取られるので、いつも内陸から来た訛っている中国人のふりをして入る」という雑談しか記憶に残っていない。

 ベルギーのお菓子、ロータス カラメルビスケットが好きだ。先日、輸入食品店でこのビスケットのスプレッドを発見し、容量に怖じ気づきつつ購入してしまった。原材料はビスケットが57%を占めているのだが、ビスケットをペースト状にするという発想がちょっと不思議だ。一部のボディビルダーは冷凍ささみをミキサーでシェイク状にして飲んでいる、というおぞましい話を思い出す。

ロータス カラメルビスケットスプレッド
 さっそくカラメルビスケットスプレッドをトーストに塗って食べてみた。味覚を蹂躙し脳髄を麻痺させる、暴力的な甘み。口に運ぶたび、背に肉が蓄えられる音が聞こえる気がする。むくむくむく、と脂肪がふくらむ音が。

 食べたあとなんとなく検索してみたところ、Amazonでも売られていた


 えっ甘さが控えめ!?


 3つ買ってあっというまになくなる!?

 レビューを眺めていると、このカロリーの化身をハイペースで摂取することに抵抗がなくなってくるから危ない。 よく服の通販サイトで、これから購入するひとの参考になるよう買った商品のサイズと自分の身長体重と着用感を書いてくれているユーザーレビューを見かけるが、高カロリー食品のレビューには購入者の身長体重体脂肪と健康診断の結果を書き添えてあると非常に助かると思った。

 などとあれこれ書いたけど、私はこのスプレッドよりもビスケットのほうが好きですね。

 数ヶ月前、実家を取り壊すために荷物を整理していたら、小森和子『愛と性』という本が出てきた。むかし古本屋で買ったのだ。1991年刊行のこの本は、いまは亡き小森のおばちゃまこと小森和子さんが82歳のときに出した、自伝的恋愛エッセイである。「小森のおばちゃま? だれそれ?」とお思いの平成生まれは無視して、今日はこの本を紹介したい。

『愛と性』目次
 目次を見ているだけでも刺激的だ。小見出しの一部をご紹介。

・最後に楽しんだのは76歳のときよ
・フランク・シナトラさんには迫られたの
・初めてエクスタシーを教えてくれたのは外国人だったの
・サイズの大小も相性次第ね
・外国旅行中、檀一雄さんとのラブ・アフェアを噂されたの
・夫の浮気に気づかなかったわ
・そのとき、実は私も浮気中だったの
・ボーイフレンドとベッドイン中に、先生が……(※この先生とは菊池寛のこと)

 いまここを読んでいるひとは、「最後に楽しんだのは76歳のときよ」が気になって瞳孔が全開になっていることと思われるので、該当箇所を抜粋したい。

 私の最後の情事のお相手は、30歳前後くらいだったかしら。仕事を通じて知り合った音楽関係の男の子ね。(中略)それで、こちらから仕掛けてみたの。まずレコードを替えるときに、そっと相手の肩に手をかけて、向こうは別に気づかない感じでそのまま動かないから、今度は私が耳にキスしたの。スーッと側に寄って、耳の先っぽにチュッと軽くね。

 このあと、そのまま愛を交わしたらしい。「30歳前後の音楽関係の男の子」もいまは初老になっているはずで、順調に仕事を続けていればそこそこ偉い立場になっている可能性が高い。「音楽業界の偉いひと」がメディアに出ていると「このひとが76歳の小森のおばちゃまと……!?」と考えてしまうようになった。このひとは一般人なのでもちろん名前などは出てこないが、著名人との性的エピソードは実名でわんさか書かれており、「プライバシー? なにそれ?」状態だ。「フランク・シナトラさんには迫られたの」から一部抜粋する。

 でもこの思いをすんなり切らせたのは、私の経験からきたようなの。つまり外国人は日本人のフィジカル(肉体)と違って、あのイチモツの大小が激しいのよね。もしシナトラさんのイチモツが特大サイズだったりしたら、それに慣れていない私の肉体へのダメージはかなり大きいかも……。

 シナトラの誘いを拒んだのはサイズへの懸念という衝撃の事実! また、サイズ問題は外国人の恋人(巨根)と別れて慶応の大学生とつきあった話にも出てくる。

 かんじんな彼のイチモツとの感触はハスッパな言葉で失礼ながら形容すると、 まさに“太平洋でゴボウを洗う”テナ感じ。

 小森のおばちゃまは若いころ出版社に勤務していたため、文士絡みのエピソードも多い。「外国旅行中、檀一雄さんとのラブ・アフェアを噂されたの」から一部抜粋しよう。

 檀さんは原稿にゆきづまると、男性のシンボルのアソコを女性に握っててもらわないと書けないという奇妙なクセがあるのね。
「握ってもらうだけで落ち着くんだ」
 そう言うの。だから私、ホテルの檀さんの部屋に行っては握っててあげたの。(中略)こうして私は檀さんが小説を書くための陰の「お手伝い」をしながら、ニューヨーク、ロンドン、パリを旅したの。そして檀さんの原稿が進むから、ヤキモキしていた新聞社の人にはずいぶん感謝されたわ。

 檀一雄の名作料理エッセイ『檀流クッキング』もおばちゃまに股間を握られて書いたのだろうか、と気になってくる。まさに新聞連載だったし。『檀流クッキング』で紹介されている蒸しアワビやキリタンポ鍋などが、とたんに性的なものに思えてきた。そして娘の檀ふみさんはこれを読んでどう思ったのでしょうか……。読んでなくても周囲のひとから聞かされたことはあるのでは……?
 あと、どうでもいいけど「男性のシンボルのアソコ」って表現くどくない? 「男性のシンボル」もしくは「男性のアソコ」でよくない?

 また、性的なかかわりのあった男性だけでなく、女性の友人もデリケートな話をさらっと暴露されている。

 親しい美女の塩沢ときさんは、
「実は私もずっと自分が不感症じゃないかって秘かに悩んでいたの。38歳まではどんな人と寝ても全然よくなかったの。ところがある日、アレッ! って感じたの。それからはもう、とにかくその人に抱いてほしいっていう気持ちが激しくて。まさにお女郎さんの心境ね。そうしたら、それまでは恥ずかしいくらいペシャンコだったおっぱいが、急にムクムク大きくなってきたのよ(以下略)」
 という話も聞かせてくれました。

 不感症時代を経て色欲の虜となったことや貧乳であったことを無邪気に書かれてしまった、塩沢ときさんの心境やいかに……。

 とまあ、この本のエキサイティングな部分を中心に紹介したわけだが、ただスキャンダラスで扇情的なエッセイなのではなく、「若いお嬢ちゃん方がそれぞれご自分の素晴らしいと感じられる人生を送ることができたら」という、あたたかで真摯な思いを込めて書かれた本だということは強調して言っておきたい。また、恋愛だけでなく、映画評論家としての姿勢も語られている。

 映画を見る私の場合、批評しないといけないからといって斜に構えて見たり、細かいところまで見ないといけないとか、難しいことを引き出さないといけないとか考えて見るのではなくて、スッと素直に映画の中に入っていくの。自分の生涯の残り少ない時間をできるだけエンジョイしたいと思うから、私は映画を構えて見たことなんかないのよね。

 専門家としての知識や深い考察を重視されがちないま、良くも悪くもこういうタイプの評論家って少なくなりましたよね。ただ、

 (映画の)キスシーンなんかでヒーローの顔がヒロインに近づいてくると、無意識のうちにソッと瞼を閉じて、くちびるをひそかに開いて受け入れ体勢をとっていることもあるみたい。

 という状況を想像するとウッと思ってしまうし、映画館や試写会場でとなり合わせたひとに少しだけ同情する。

『愛と性』著者近影
 著者近影。この本、意外にもブックデザインは鈴木成一さん。こんなにも朗らかに人生を謳歌した小森のおばちゃまだが、晩年はパーキンソン病と認知症とうつ病を患っていたそうで、切ない。