先日、あんずが安く売られていたので購入した。そのまま囓ると元囚人のハリウッド俳優のダニー・トレホ並みに凶悪に渋かったので、シロップ漬けをつくることにした。1キロぶん仕込んでから調べたところ、私が買った八助という品種は産地である青森では梅干しに加工されているらしい。一気に不安に。さらに「3日後から食べられる」「1ヶ月待て」とレシピによって書いていることがまちまちで困惑したが、ものすごく大雑把にあいだをとって5日後に食べてみた。
あんずのシロップ漬け
 梅干し用だけあって、口に入れたとたん「うひいっ!」となるぐらい酸っぱいけれど、その酸味が夏向きでなかなかおいしい。

 貧乏性の私はお菓子の空き箱をとっておくのと同様にあんずの種をとっておいたので、それを使って杏仁豆腐をつくることにした。まずはあんずの種を割り、なかに入っている仁(元ジャニーズ事務所の問題児・赤西仁さんとは無関係)を取り出すのだが、ペンチで挟んで力を込めても殻はびくともしない。握力のなさには定評がある私は、夫に作業を押しつけて応援(潰される種の気持ちになって悲鳴を上げる等)にまわった。たぶん金槌を使えば多少は楽に割れると思う。
あんずの種
 夫婦の共同作業により、ようやく割れたひとつめの種だが、なんと中身は空っぽだった(種の質感も心なしかダニー・トレホに似ている)。つぎの種もやはり空っぽ。不安に震えながら割ったそのつぎでようやく中身が入っていたが、干からびており小指の爪ほどのサイズだった。赤西仁さんはビッグな発言をするのに、こっちの仁は超スモール。
あんずの仁
 ごくわずか収集できた仁(水に浸けているほう)と、その数倍の体積を誇る殻。この時点でミッションを「杏仁豆腐っぽい風味の牛乳かんをつくる」に変更した。仁の茶色い薄皮は剥がすべきらしいが、歌丸師匠のように完全に干からびていて剥がせそうにないので、そのまま使うことにする。しばらくふやかしていると、杏仁豆腐っぽい素敵な香りがしてきた。
ミキサーにかけた仁
 水170ccといっしょにミキサーにかけるとますます香りが強くなる。昂奮。

濾した汁
 キッチンペーパーで濾す。本来は白濁した卑猥な汁ができるはずだが、薄皮のせいで少し茶色い。

 白濁汁を砂糖35gと寒天2gと合わせて鍋に入れ、火にかける。沸騰するまでかき混ぜて、火を止め、牛乳180ccを加えて混ぜる。ここで杏仁のにおいが牛乳に負けてきた。牛の母乳、植物の種よりも強し。
タッパーに入れた杏仁豆腐
 茶こしで濾してタッパーに流し入れ、冷蔵庫で2時間ほど冷やす。苦労のわりにできた量は少ない。

杏仁豆腐
 完成。かなりゆるいのでスプーンですくってよそい、あんずのシロップ漬けを添え、シロップをかけて食する。ちゃんと濾せてなかったのか、少しざらざらした。シロップ漬けは来年のあんずシーズンにもつくるだろうけど、杏仁豆腐に再チャレンジするかどうかは不明。たぶんやらないと思う。そもそもアーモンドエッセンスを使えばかんたんにつくれるんですよねー。

(ちなみにシロップ漬けのシロップは、あんずの風味が溶けているので炭酸で割って飲むとおいしいのですが、みかん缶の汁をジュースとして飲むような貧乏くささを感じて切ない気持ちになります)
(シロップ漬けをつくる場合は、こちらのJA全農長野のレシピを参考にどうぞ)

 断捨離なる行為が市民権を得て久しい。私はいつも、断捨離=断シャリ=シャリを絶つ=低炭水化物ダイエット、と連想してしまうのだが、それはさておき、私が中学生のころ母は断捨離的な行為に励んでいた。もちろん当時は断捨離という言葉はない。母は「死ぬ準備」と呼んでいた。物置部屋の整理をすることを死ぬ準備とは大げさだが、母は夜ごと「死ぬ準備をしてくる」と言っては物置部屋に消えていった。何年も続いた死ぬ準備は、家の建て替えにともない終了した。その建て替えた家も、いまは潰して存在しない。

 かつては私にも、死ぬ前にぜったい処分しておきたいものがたくさんあった。いまでも「見られるのは厭だなあ」と思うものはいろいろあるが、不慮の事故で死んだら夫にPCや押し入れの中身を見られるのはしかたない、と諦めている。この心境の変化は、頭のなかでつくった話(しかも性的な事柄を含む)を文章にして公表して金銭を得ている、いわば恥のプロフェッショナルになったことと関係していると思われる。

 だが、恥のプロフェッショナルになると、死後に身内に見られるだけでなく大々的に公表されてしまう危険性がある。昨年、太宰の中高時代のノートや日記が寄贈され公開されるというニュースを見かけた。まるで想いびとの名前を書くように「芥川龍之介」と何度も書いていたり、自身のペンネームの構想を記したページもあるそうだ。いわば黒歴史ノートである。私も先日、19歳のころのポエムノートを発掘し、その内容のひどさに死ぬ思いをした。太宰同様にペンネームの構想らしきものも書かれていたのだが、墓場どころか来世や来来世まで持って行きたいと思うようなおぞましい文字列だった。

 まあ、私ごとき、よっぽどドラマチックな死にかた(ドバイの超高層ビル、ブルジュ・ハリファの先端で割腹自殺など)をして注目を集めない限り、死後にあれこれ発掘されることなんてないだろうけど。

 いま店頭で売られている「きらら」5月号に『フィッターXの箴言』第3回が載っています。この連載は、私がいままで書いたなかでいちばんカジュアルな小説なのではないでしょうか。たぶん。第1回のぶんだけお試しでウェブで読むことができますよ。月刊誌って毎月締切がやってくるぞ! ということに驚いている今日このごろです。
きらら5月号
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