新卒で入った会社は、夕方になるとオフィスの天井付近が煙草の煙で白く霞んでいた。煙草のにおいで頭痛がする私は、この環境でやっていけるのだろうかと不安でしょうがなかったが、じきに禁煙になりほっとした。いまはどこも分煙化が進み、煙草に接する機会が極端に減った。それはとても助かることではあるのだけど、煙草に対する耐性が落ちたのか、外を歩いていてすれ違ったひとからふっと煙草のにおいがただよってくるだけで気持ち悪くなってしまう。「白河の清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋しき」みたいな状況だなあと少しだけ思う。潔癖さや正しさは毒にもなる。
(ですが飲み会のときなどはアルコールで感覚が鈍っていて、近くで煙草がもくもくしていても平気なので、お気遣いなく!)

 耐性が落ちているのは煙草だけではない。もともと出不精なうえに自宅で仕事をしている私は、電車に乗って出かけるのは週に一、二回というあなぐら生活を送っている。日常的に接する人間は夫とスーパーの店員と宅配業者のみ。室内をただよっている家族のように馴染んだ雑菌以外の菌やウィルスに接することが極端に少ないので、無菌室で暮らしているようなものだ(散らかっているし猫毛だらけだけど)。そのため、電車に乗り映画館へ赴き帰ってくるだけで、妙なウィルスをもらってなんとなく体調が悪くなることが多い。いまもそう。

 耐性をつけるために、微弱なウィルスをパック詰めにした「【メール便なら送料無料】自宅労働者のためのらくらくウィルスセット【テレビで紹介されました!】」みたいなものが楽天市場で売っていたら便利かも、と考えて、「あっ、それってまさに予防接種のワクチンじゃん!」と気付いた。私の思いつくことなんて十九世紀にすでにパスツールが閃いていた。

 トマトと茄子の炒めものを「トマト茄子夫婦炒」というらしい。確かにトマトと茄子は同じナス科の植物ではある。仮に夫婦だと認めてみると、なんとなくトマトが女で茄子が男に思える。トマトは中国では「洋茄子」と書かれることがあるらしいので、どうやら嫁は外国人で国際結婚みたいだ。トマトの原産国は南米だから、ダンスとビーチをこよなく愛するラテン女性を想像する。群馬や山梨でコミュニティを築いているブラジル人のひとりだろうか。

 関西では、焼き豆腐と揚げ豆腐をかつおだしや薄口醤油などで煮たおばんざいを「夫婦炊き」と呼ぶようだ。たぶん同じ豆腐だから夫婦なのだろう。肉体労働で陽に焼けている夫が焼き豆腐、結婚してから脂肪を蓄えてしまった妻が揚げ豆腐じゃないかと思う。それにしても、この料理に味噌汁(それも油揚げの)をつけた日には大豆の摂りすぎですよね。

 また、皮を剥いて厚めの輪切りにした大根を大根おろしで煮た「大根の夫婦煮」なる料理もあるらしい。無水で調理するので水入らず、だから夫婦煮、という舌打ちしたくなるような由来である。夫婦以外だと、鶏肉を卵でとじた「親子丼」、豚肉を卵でとじた「他人丼」、南瓜と大豆を煮た「いとこ煮」あたりが有名か。私はごぼうと豚肉を甘辛く炒めた料理が好きなので、これを「ごぼうと豚肉の同僚炒め」と名付けたい。どういう会社の同僚なのかは考えていない。なんとなく土木系っぽい。IT系でないことは確実だ。ごぼうは現場の技術者、豚肉は接待と対人ストレスで太ってしまった営業職。

 ソチ五輪が閉幕した。私の記憶に残っているいちばん古いオリンピックは1988年のソウル五輪だと認識していたが、「いや、もっとむかしに冬季オリンピックのフィギュアスケートをテレビで見たことがある」と今回のフィギュアを眺めながら思い出した。確か、幼稚園か小学校低学年のころだ。女子スケーターのひらひらきらきらな衣装にうっとりと憧れる女児は多いだろうけれど、当時の私には過剰にセクシャルな格好に見えてどうにも気恥ずかしく、ほんの数秒で見るのを断念した。生命を削り重圧と闘ってリンクに立っている選手をそんな目で見るのはとても失礼だが、ほんの子どもだったころの話なのでどうか怒らないでほしい。

 セクシャルに見えて苦手だったのはフィギュアスケートだけではない。『人魚姫』の絵本も目のやりばに困ってしまうので駄目だった。たいていの人魚姫は、ホタテのような貝殻でできたブラを上半身に身につけている。いまだったら「武田久美子かよ! もしくは来日してしゃぶしゃぶを食すレディー・ガガかよ!」と突っ込みたくなるけれど、当時は卑猥に見えた。
 貝殻ブラならまだいい。友だちが持っている絵本の人魚姫はトップレスだった。胸の膨らみを描いてあるだけならまだしも、ごていねいに乳輪および乳頭に着色まで施されていた。人魚姫は十五歳設定なので、いまだったら下手すると有害図書扱いされる可能性もあるのではないか。しかも、人魚姫と姉妹たちの乳輪および乳頭はそれぞれ微妙に異なる色に塗られていたと記憶している。「子ども向けの絵本にこんないやらしい絵を載せるなんて、大人ってなんて歪んでるんだろう……」と恐怖し絶望していた。

『魔女っ子メグちゃん』も『うる星やつら』も『美少女戦士セーラームーン』も、私にとっては直視できないエロティックアニメだった(それぞれの放送年がばらばらなのは再放送で見ているものもあるからです)。『ドラえもん』だってしずかちゃんの入浴シーンがあるから油断できない。最も性的なにおいのしない露出であろう『サザエさん』におけるわかめちゃんのパンツですら、子ども時代の私にはいかがわしい絵に見えた。

 性に対する感受性の強さをこじらせた結果、私は現在エロい小説などを書いて暮らしている。